帰還

遠くで小鳥のさえずる声が聞こえる。その音色にセレナはゆっくりとまぶたを開けた。
薄い陽光が室内を淡く照らしていた。窓の外では、朝露に濡れた枝葉が風に揺れ、小さな鳥たちが軽やかに鳴き交わしている。

 

セレナは無意識に横に手を伸ばした。しかし、そこにあるはずのぬくもりはない。
瞬間的に理解する。・・・グロダの体温と体重がない。
このひと月、彼は常に隣にいた。調教と称し、肌を重ね、支配し、自分をもてあそんできた男。その体温がないことに事に、焦燥感そして寂しさを覚え胸がざわついた。

「・・・ご主人様」

セレナは小さくつぶやいた。指が毛布の上をさまよう。何を求めている?何を探している?
主人の体温が恋しい。あの逞しい胸に抱かれて眠りたい。そのたくましい腕で抱きしめられたい。

「・・だめよ」
セレナは自分に言い聞かせるようにつぶやく。もうこの調教は終わったのだから。
頭を振り、のろのろと体を起こすとベッドから降り、床に足をつける。ひんやりとした感覚。

「早く支度をしないと・・・」
グロダから言い含めれている、今日のお昼までにこの屋敷を出なくてはいけない。
今日は休日なので、今日一杯で準備を整えて、明日からは何事も無かったように騎士団に復帰しろと。
・・・グロダは、しばらくはこのアジトへは帰らないそうだ。

(・・・帰らなきゃいけないのね)
調教は終わったのだ。なのに、終わりを喜ぶどころか、この喪失感は何だ?

セレナは、深く息を吐いた。そして決意したように顔を上げると、クローゼットの扉を開いた。
クローゼット中には町娘が着るような、白いワンピースの服が一着だけ入っていた。下着や靴もセットである。
この屋敷にとらわれた時の鎧は、騎士団の自室に送り返されているそうだ。

セレナは手早く着替えると、最後に乱れた髪を整えた。そしてもう一度鏡で確認する。
服を身にまとうのは、実に一月ぶりである。鏡に映る顔は、1月前よりも肌の色が白くなり、柔らかくなっている気がした。
「・・・サイズはピッタリね」
服も下着も靴ですらセレナの体にピッタリとフィットしていた。
「・・・ご主人様の力かしら?そんな訳無いか」
セレナは苦笑いする。だが、そう思うくらいに着心地は良かった。この一ヵ月、調教中はずっと全裸でいた。服を着るというごく当たり前の事がなんだかとても懐かしい。

 

グロダに与えられた衣装で、鏡の前でくるりと回ってみた。

 

白のワンピースは清楚な中にも凛とした気品を感じさせ、セレナの整った容姿と相まって、まるで清廉で美しい一輪の花のようだ。
とても、このこの一ヵ月の間、淫らな痴態を晒し続けた牝犬奴隷には見えない。

「・・・・」
セレナは、しばらく鏡の中の自分を見つめていたが、やがて意を決したように部屋を後にした。

 

 

 

階段を降り、玄関の扉の前までくる。
この屋敷の出口である、黒々とした硬く重い木の扉は、セレナが調教を受けていたこの一ヵ月の間一度も開くことは無かった。
まるで、外の世界と淫らな牝犬奴隷の境界であるかのように。

セレナは、深く息を吸い込むとためらいがちに重い扉を押す。
ギギィ・・・という音が響き扉がゆっくりと開いた。朝の眩しい光が、セレナを出迎える。一ヵ月ぶりの外の光だ。眩しさに思わず目を細める。
爽やかな風が、セレナの頬を優しく撫でるように吹き抜けた。
セレナは意を決して、『屋敷の外』に足を踏み出していった。

 

 

 

 

グロダの屋敷は王都の中心から少し入った住宅街の中である。石畳の細い道を挟んで、小さな家が数件建ち並んでいる。
その道をセレナは、ゆっくりとした足取りで歩いていた。
休日の朝であるせいか、人通りは少ない。
しばらく歩いているうちに、この区画の中央にある噴水広場まで来た。

 

噴水の淵に腰を下ろす。そして行き交う人をぼんやりと眺める。
日の光、そよ風、街の活気、行きかう人々。
何でもない、日常。そのあたりまえの風景を見ている内に、どんどんと心臓が高まり出してくる。

(・・・あああっ・・わたしっ・・・わたしはっ・・・)
一月ぶりの『日常』を目にしてセレナの中で、何かが決壊した。

(いやっ!・・・いやぁっ!)

今まで、この一ヵ月間、自分は何をしてきた? あのグロダという男に、どんな調教をされてきた?脳裏に次々と蘇る、男に蹂躙される牝犬奴隷としての日々。
耐えがたい快感の波に翻弄され、自分が自分でなくなるようなあの感覚。
セレナは、思わず自分の両肩を抱き身を縮こまらせる。
思考がまとまらない。胸が高鳴り、血の気が引いていく。

(違う・・・わたしは、そんなはずじゃ!)

この1ヵ月間、自分は何をしていたのだろう? 騎士団の誇りも、人としての尊厳も全て捨てて快楽に耽っていた。
あのグロダという男に身も心もその全てを支配され、屈服させられていた。
息が詰まる。心臓が早鐘のように鳴る。

「違う・・・違うの・・・」

うわごとのようにつぶやく。しかし、その言葉とは裏腹に、脳裏に浮かぶ光景は鮮明だった。

 

 

 

頭の中に渦巻く記憶を振り払うように、セレナは立ち上がった。
「・・・帰らないと」
声がかすれる。
広場に長くいると、またあの感覚が押し寄せてくる気がする。身体の芯まで染みついた『躾』が、じわじわと足を絡め取る。

(戻らなきゃ・・・早く・・・)
焦るように、セレナは噴水を離れた。足が自然と早まる。
宿舎へ!とにかく、そこまで戻らないと。
まるで逃げるように振り返ることもなく、セレナは街の中を駆け抜けていった。

 

王立騎士団の宿舎は街の中央部にあり、住宅街からそうは慣れてはいない。
銀狼族の脚力もあり、セレナはあっという間に住み慣れた寄宿舎の前まできてしまった。
「・・・はぁ・・・はぁ・・・」
(・・・着いちゃった・・・)
乱れた息を整えながら、改めて自分の住み慣れた寄宿舎を見上げた。この簡素な騎士団宿舎の2階の一室がセレナの部屋である。

「・・・・・・・・」

セレナは、しばらく無言で立ち尽くしていた。帰ってきたという実感が湧かない。ほんの一月前この宿舎を出た時の自分と、今の自分が同じ人間だとはとても思えなかった。

しばらく逡巡すると、重い足を引きずるように寄宿舎の階段を上っていく。
騎士団の寄宿舎は、簡素な作りである。1階に食堂や浴場があり、2階から4階が騎士団員の個室となっている。
セレナは階段を上り、自分の部屋の前まで来た。そしてドアノブに手を伸ばした時、廊下の向こうから見知った声がかかった。

「あっセレナ様、おかえりなさい」
セレナは、声のする方へ視線を向けた。赤い短い髪の見るからに活発そうな少女がこちらへ近づいてくる。
副官兼秘書官のカレンである。

「あ・・・うん、ただいま」
セレナは戸惑いながらも挨拶を返す。
「良かったです、治療は無事すんだんですね」とカレンは嬉しそうに言った。
「治療?・・・ああっ!」
確か自分は魔法毒に侵され、治療院に一月ほど入院しているという設定だったのだ。
本当は淫獄に堕とされて、牝犬調教を受けていたなどと言えるはずもない。
「う・・・うん、治療は無事に終わったわ」
セレナは、少し引きつった笑顔で答える。カレンはそんなセレナの表情を特に気にする風もなく続けた。
「あ、でもまだ病み上がりですから無理しないでくださいね」
そう言ってカレンは屈託なく笑った。

「・・・ありがとう」
(カレンが無事という事は、グロダは約束を守ったという事ね)
一ヵ月セレナを自由にする代わりに、カレンや騎士団の洗脳を解き、開放するという契約だったはずだ。
『主人と奴隷の契約は絶対だ』
ふと、グロダの言葉が頭をよぎる。たしかにグロダは契約を守ったのだ。

しかし、セレナは素直に喜ぶことが出来なかった。
「あの・・・カレン」
「はい?」とカレンが首をかしげる。
「わたし、騎士団に戻ってきていいのかしら?その・・・」
グロダとの契約で『調教』を受けた自分は、もう以前とは違う人間なのではないだろうか?そんな思いがセレナの口を濁らせる。

「・・・何を言ってるんですか?」

カレンは不思議そうに言った。そして続ける。
「ああ、そうだセレナ様、聞いてくださいよ!この一ヵ月の間に・・・」
久しぶりにセレナに会えて嬉しいのだろう、カレンはこのひと月にあった他愛もない話を、実に楽しそうに身振り手振りを交えて話し始めた。
そんなカレンの話を聞いていると、セレナの心は急速に落ち着きを取り戻していったのだった・・・・。

 

その後、そのままカレンと昼食を共に食べ、部屋に帰ると溜まっていた手紙や書類を片付けた。
一ヵ月もの間、騎士団を留守にしていたのである。騎士団の書類は明日からにするとしても、個人宛への手紙や手続き書類は片づけなければならない。
溜まっていた書類は、かなり量があった。セレナはそれらを黙々と処理していく。

グロダの処理は完璧で、自分は完全に『キネルロス』のアジトに突入、組織員を制圧したが魔法毒のトラップにかかり、一ヵ月の間治療院で静養していた事になっていた。治療院の請求書すら有ったほどだ。
とても一ヵ月の間、監禁調教を受けていたようには思えない。

「・・・・・・」
(あの男、本当に約束を守ってくれたのね)

セレナは、複雑な面持ちで書類を見つめた。そして処理を終えると、大きく息を吐いてベッドに横になる。日はすっかり暮れ、夜になっていた。

「・・・シャワー浴びなくちゃ」
セレナは、のそのそとベッドを降りると浴室へ向かう。
服を脱ぎ、下着を脱ごうとした所で一瞬手を止めた。しかしそのまま裸になると、バスルームの中へ入っていく。そしてゆっくりとシャワーのコックを捻った・・・。

シャアアアアアッ!

頭上から温かいお湯が降り注ぐ。一月ぶりの自室のシャワーは、とても心地よいものだった。

随分久しぶりに一人で入るような気がする。毎日入浴はしていたが、常にグロダと一緒だった。
精液や愛液でドロドロに汚れた体を、グロダの手で丁寧に洗われる。グロダに抱きかかえられ、湯船に浸かり、 そしてベッドルームへもどると、また淫らな調教がまた始まる。何度も繰り返した日常だ。

(・・・忘れなきゃ)

セレナは、シャワーに打たれながら自分に言い聞かせる。だが、そう思えば思うほど、グロダにされた調教の記憶が蘇ってくる。
牝犬奴隷として調教された、あの1ヵ月。
自分はグロダに服従し、屈服し、牝犬のように腰を振り悦んだ。思い出すだけで胸が熱くなる。
ゆっくりと自分の秘部へ手を伸ばした。そして割れ目に指を這わせる・・・。
「・・・ん?」
思わず甘い吐息が漏れる。お湯とは違う粘着質な液体の感触があった。そのまま指を動かそうとしたのだが、ピタリと動きが止まる。

(・・・わたし)
手が止まったまま動かない。ただ秘部をなぞった指だけが小刻みに震えていた。

(わたしは何をしようと・・・)

セレナは、愕然とした。自分は何をしようとしたのか?
頭を大きく振り、シャワーを止め浴室から出た。バスタオルで身体を拭きながら鏡の中の自分を見る。

そこには濡れた銀髪を拭く、美少女が映っていた。
一月ぶりに見る自分の姿だ。少し痩せただろうか?しかし胸やお尻は以前よりも肉感的になっている気がする。

(・・・わたし・・・本当に変わってしまったのかしら)

 

熱いシャワーを浴びても心の中のモヤモヤは晴れないまま、セレナは部屋着を着るとベッドに横たわった。

(・・・明日から騎士団の仕事が始まる、もう寝なきゃ・・・)
セレナは、布団をかぶると目を閉じた。しかし睡魔はなかなかやってこない。瞼の裏にグロダの姿や、彼の愛撫の感触が甦ってくる。
こうやって一人で寝るのも久しぶりだ。調教の間は常にグロダの肉体に触れ、その腕の中で眠っていたのだ。

「・・・」
セレナは、布団をかぶると身体を丸めるように横を向いた。そして足をギュッと閉じると目を固くつむる。
「ん・・・っ」
気が付くと、自然と右手を自分の秘所へ添えていた。そしてゆっくりと中指を這わせる。
自分の身体の筈なのに、まるで別の誰かの意思で動かされているような感覚だった。
そこはすでに熱く濡れそぼっていた。

「・・・んふっ・・・ふぅ・・・んっ♡」

熱い吐息が漏れる。指の動きは次第に大胆になり、セレナは夢中になって自分を慰めた。

(違うのにっ・・・こんなんじゃダメなのにっ)

そう思いながらも、手の動きは止められない。思わず大きな声が出そうになる口を左手で押さえると、さらに激しく指を動かしていく・・・。

(ああっ♡だめぇ♡)

心の中で絶叫しながらも、その指先は的確に自分の弱点を攻め立てる。
セレナの脳裏に、グロダにされた調教の記憶がフラッシュバックした。
恥ずかし過ぎる排泄調教。口淫奉仕で感じた唇に伝わる肉棒の熱さ。そして、秘所に突き立てられた『ご主人様』の太さと硬さ・・・。

「んっ♡・・・んくっ♡」

思い出すだけで子宮が疼き、蜜壷から大量の愛液が溢れ出す。

(・・・だめぇっ♡)

そして遂にセレナは限界を迎えた。

「~~~~ッ♡♡♡」

ビクンッ!とセレナの身体が弓なりに反り返り、声にならない悲鳴を上げて絶頂に達する。
しばらくの間、セレナの身体から力が抜けることは無かった。やがてゆっくりと身体を起こすと、そのまま布団に倒れ込み深いため息をつく。

「・・・はぁ・・・はぁ・・・」
久しぶりのオナニーで疲れたのか、睡魔が襲ってくるのを感じた。そうしてようやくセレナは、眠りに落ちるのだった。

 

 

 

翌朝、目を覚ましたセレナは大きく伸びをした。窓越しに朝日が差し込み部屋を照らしている。
久しぶりにすっきりとした目覚めだった。
「んっ・・・」
大きく背伸びをするとベッドから降り立ち、身支度を整えシャワーを浴びると部屋を出た。
昨夜の『事』はすっかり忘れたフリをしながら・・・。